Marina Louise Spectra

Diary No.01 次元の向こうに繋がる世界

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 記録。

 メルンテーゼにはエンブリオという生命体が存在する。
 エンブリオは個体ごとに様々性質を持つ生命体であり、メルンテーゼでしか見られないものだ。
 メルンテーゼの住人はこのエンブリオの力を借りることで文明を築いたのだという。
 エンブリオの力を借りるには、エンブリオと契約する必要がある。

 契約の条件は二つ。
 一つはエンブリオに契約者の力を認めさせること。これは戦闘での勝利がもっともわかりやすいだろうか。
 もちろん、戦闘以外の手段で認めさせることもできる。交流によって契約に至るケースも存在しているからだ。
 条件の二つ目はネクターと呼ばれる紅い花の花びらを捧げること。
 このネクターと呼ばれる植物はメルンテーゼにしか存在していない。
 この世界において稀少というわけではないようだが、現在は王の独占により手に入れにくくなっているようだ。
 現状での入手方法はわかっていない。王が独占しているのだから、奪取するのが一番の近道だろうか。

 ともあれ、二つの条件を揃えてようやくエンブリオとの契約が成立する。
 しかし契約がなされたからといって、無制限に力を借りれるというわけではなく、契約者の生命力を提供することにより力を借り受けるのだという。
 またエンブリオは、生命力やネクターの提供によって力を解放していく。
 つまり契約したての状態では、エンブリオも満足に力を発揮できないということだ。

 以上のことは、メルンテーゼで契約したエンブリオから聞いた情報である。
 幸いなことに私はこの世界に辿り着いてすぐに、ある男性からネクターを譲り受けた。
 そのネクターを使い、それなりに力のあるエンブリオと契約したのだ。

 契約したエンブリオを調べたところ、驚くべきことが判明した。
 私の出身世界で存在している精霊と、メルンテーゼのエンブリオは驚くほど親和性が高い。
 成り立ちや幅の広さなどは違うが、その扱う魔力の性質や存在の定義情報が似ているのだ。
 これは四属性に連なるエンブリオだからかもしれないが、リンクさせることが出来れば精霊魔術に応用が利く可能性高い。
 早速エンブリオに説明し、試してみることにした。

 エンブリオを媒体とした精霊召喚。
 この世界に根付く確固たる生命体という情報を精霊核に伝達し、精霊核に銘記されている存在情報をエンブリオに追記する。
 それによってエンブリオという実体を得た精霊が召喚できるようになる、はずである。
 エンブリオ自体の人格などが心配ではあるが、当人に聞いたところ身体を貸し与えるだけで、人格自体は眠っていたり意識の奥底から眺めるだけで消えはしないとのこと。
 いわゆる精霊をエンブリオに憑依させる形にはなるのだが、元になる身体の存在濃度が高いため主導権はエンブリオにあるのだそうだ。
 これもエンブリオから聞いた話ではあるのだが、なぜエンブリオがそのことを知っているのかというと、以前同じように霊体をエンブリオに憑依させ実体化させたものがいたからだそうだ。
 プロセスは違えど、結果は同じになるはずなので問題ないとエンブリオは太鼓判を押した。
 このエンブリオは好奇心旺盛なところがあったため、単純に興味があるだけなのかもしれない。

 さて、まず召喚するのはこのエンブリオに最も近い性質を持つ彼女である。
 マジカルガーデンでは召喚する機会がなく、実体化させるのは実に2年ぶりとなるだろう。
 久しぶりにみる彼女の姿が楽しみである。

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 森の少し開けた広場。深い森の中、ぽっかりと開いた月明りのステージ。
 星と月の光に照らされた広場に、一人の魔術師がいた。

 金髪の長い髪は邪魔にならないよう、結い上げてまとめられている。
 透き通った翠玉色の瞳にスラリと通った鼻梁。艶やかな唇はやや小ぶりであり、小さく何事かを呟いている。
 身にまとっているのは、白のノースリーブブラウスと黒のパンツルック。
 それはシンプルな形状であり、彼女の気品を損ねていない。
 絶世の……というわけではないが、間違いなく彼女は美人の部類に入る。
 ドレスでも着て淑やかに振舞えば、それは楚々としたお嬢様に映るだろう。
 今のようにスーツを身にまとい視線を鋭く尖らせれば、活動的かつ冷静なキレものに見えるだろう。
 女は化けるとはよくいうが、ようするに彼女は両方の雰囲気をまとった美人なのだ。
 彼女は口の中で何度か言葉を転がしたあと、涼やかな声を響き渡らせる。

  大円の中に四円有り。
 《 Il ya quatre rondes dans un grand cercle.
 四円を繋ぐ小円有り。
  Oui petit cercle reliant les quatre rondes.

 彼女の目の前には複雑な文字の描かれた魔法陣が広がっていた。
 大きさは直径五メートルほどだろうか。陣は彼女の呪文にあわせ、白い燐光を放ち始めていた。

  四円は北に、盛隆なる大地を掲げ、南には猛る炎を掲げる。
 《 Quatre circulaire a souleve la terre pour etre prospere du nord, j'ai enumere la flamme bonne dynamique dans le sud.
 東には吹き荒ぶ風を、そして西には清廉たる水を。
  L'integrite du baril d'eau a l'ouest, et le vent violent a l'est.

 呪文が進むにつれて、魔法陣は光を強めていく。同時にどこからか風が巻き起こり、周囲の木々を揺らした。
 魔法陣の中央には、羽の生えた妖精が五センチメートルほどの水晶体を抱え、座り込んでいた。
 妖精は周囲の状況をキラキラとした目で、興味深そうに観察している。
 魔術師が右手を前に出した。右手には人差し指だけが繋がっている指貫グローブのようなものが付けられている。
 グローブの甲の部分には緑色の結晶体が取り付けられており、その表面にもまた複雑な魔法陣が浮かんでいた。

  万物を司る四象よ集え。
 《 Je suppose que quatre responsables de l'elephant de toutes choses.
 我が望むは東の護り手。
  Vous voulez mon peuple pour proteger l'est.
 自由を司りし風の精霊。
  Esprit du Vent Shi regit la liberte.

 呪文が更に一節進む。地に描かれた魔法陣に更なる変化が起こる。
 東の小円から緑色の光が吹き上がったかと思うと、魔法陣全体の光を染めていった。

  我は汝の契約者、マリナ=ルイーズ=スペクトラ。
 《 Abonnes toi, nous sommes Marina Louise Spectra.

 魔術師が自らの名を宣言する。同時に、緑色の光は中心を覆う風に姿を変え始めた。
 中心にいる妖精は、吹き飛ばされはしないものの目をくるくると回している。

  風の精霊よ、我が魔力を糧とし顕現せよ。
 《 Je esprit du vent, la facon dont la manifestation et prosperer sur ma magie.
 我が内より生まれし魔術の力を己とせよ。
  Quel que soit le soi et le pouvoir de Shi magie nee au sein de mon.
 我が契約に基づき、盟約を為せ。
  Sur la base de notre accord, Nase l'alliance.

 呪文が最終局面へと入る。魔術師の左手にある本が勝手に開いた。
 開かれた頁は白紙で、そこに燃えるように魔法文字が印字されていく。
 そして、魔法陣の外を揺らす風とは別の風が、魔法陣の中から生み出され中央に収束していく。

  出でよ風の精霊シルフィード。
 《 Silpheed esprit de vent venir et la matiere.
 まあゆと名づけられし我が契約精霊よ!
  O mon esprit du contrat et Shi nomme Maayu.

 魔術師は最後の一節を紡ぐ。魔法陣は一際大きく光を放ち、緑の風は竜巻となって空へと駆け上った。
 そして、風が止む。過剰なほどに魔力が集中したため起こる、魔力の放電現象も次第に落ち着き消えてゆく。

 魔法陣は既に色を無くし、その中央には妖精はおらず。
 代わりに緑色の髪をした、あどけない少女が満面の笑みで座り込んでいた。

 /2

「マーリナっ。」

 妖精――エンブリオの代わりに現れた少女は立ち上がるや否や、勢いよくマリナに抱きついた。
 それを驚く様子もなく、マリナはやわらかく受け止める。

「まあゆ、久しぶり。こういう形での召喚は初めてだけど、調子の悪いところはないかな?」
「ぜーんぜんっ。むしろいつもより調子いいよっ。」

 マリナの胸に顔を埋めながら、まあゆは元気よく答える。
 見た目は10歳前後といったところだろうか。
 緑色の髪は癖毛なのか、ところどころが跳ねてぼさぼさになっている。
 簡素なワンピースを身にまとい、頭にはなぜかゴーグルをつけていた。
 風の精霊シルフの女性体、シルフィード。
 その中でもマリナと契約し、マリナよりまあゆの名前を授かった精霊がこの少女である。

「なんだろ、なんかまわりの空気と魔力がなじむんだよねー。」
「たぶんエンブリオのおかげだね。今のまあゆはこの世界のエンブリオを媒体としてるから、そのおかげでこの世界の魔力と質があってるんだとおもう。」

 いつまでも離れないまあゆに苦笑しつつ、マリナは軽く背中を叩いて離れるように促す。
 素直に離れたまあゆはあー、と声をあげて唇に指をあてた。

「あたまの中というか、からだの中に誰かいる感覚がするけど、これがそうなんだー。」

 召喚されてからずっと、まあゆは自分の中にもう別の誰かがいるような感覚に囚われていた。
 害意はないようだし、違和感というほどのものでもないから気にしないでいたけれど。

「うん、協力してくれてね。司る性質はまあゆと同じものだし――ん、これがってことは事情はわかってたりする?」
「うんっ。いちおー精霊核の中で話はきいてたよー。実体化はボクが先って聞いて、灼とかすっごい悔しがってたなー。」

 なぜかくるりと一回転しながらまあゆはあははと笑う。

「あぁ、精霊核の中でも外の様子はわかるんだ。そういえば精霊核にいる間の話って聞いたことなかったね。」

 踊るようにくるくる回りながらあたりの様子を伺うまあゆを、マリナは微笑ましく見守りながら尋ねる。
 マリナがまあゆを含む4精霊と契約したのはずいぶんと昔になる。
 しかし、召喚していない間の彼女たちがどう過ごしているかを聞いたことは一度もなかった。
 なんとなく、眠っているのだろうとはずっと思ってはいたのだが。

 マリナの問いをきくと、まあゆとはぴたっとその場で静止した。
 右足を上げ、両手は斜め上にあげて、身体も後ろにやや傾いている。
 よくバランスが取れるものだとマリナは感心した。

「ぜんぶわかるってわけじゃないけどねー。自分たちに関係することは読み取れるってくらい。」

 なるほど、とマリナは思う。
 精霊核には精霊の存在情報が記録されており、そこには召喚した先がどんな場所であろうとも実体化できるように、周囲に自らの存在を上書きするための準備がされている。
 よって精霊核にいる間は意識のないものと思っていたが、意識のない概念的な存在から意識のある固有の存在へと変換された時点で、自らの存在を護るために周囲の情報を観測するようになっているのだろう。
 しかし全ての情報を取り込んでいては、意識のある身としては大変である。
 なので自分の存在に関係するもののみを観測しているのだ。

 ――師匠はそこまで考えて、この精霊核を作ったんだろうか。
 例え本来は意識なぞ持たない概念的な存在だったとしても、名前をつけ意識を持たせ、感情を持たせた時点で確固たる生命である。
 そして知能をもった生命である以上、尊重しなければならない。
 マリナの師匠なら、そう考えてもおかしくはない。
 マリナは改めて自らの師匠の凄さを痛感した。まだまだあの人にはおよばないと。

「事情がわかってるなら話は早いね。じゃあ、さっそく行こうか。向こうに人を待たせてるし。」

 そういって森の奥を示すマリナ。
 メルンテーゼに来る前、マジカルガーデンという世界で出会った少女がそこにいるはずだった。
 準備に時間がかかる上、精霊召喚は魔力が吹き荒れることが多いため、森の外で待っていてもらっていたのだ。

「はーい。ねえねえマリナ、これからどうするの?」

 ぴょんっ、と跳ねてマリナの横に並んだかとおもうと、マリナの手を取り歩き出すまあゆ。
 彼女のそういった行動にはなれているのか、マリナは驚くこともなく握り返すと微笑みながら、待ち人のいる方へ歩き出した。

「そうだね。まずは他に同行者を見つけたいところだけど……とりあえず、一揆の参加者が集まってるっていう王城の前に向かおうか。」

 異世界へ赴いたあと、まずは目的を同じとする同行者をみつけること。
 それは危険が判明している異世界において、白兵戦が苦手な魔術師としては必要なことだ。
 かつて別の分割世界を訪れたときに知り、世界移動の術式の暴走により未知の世界へ飛ばされたときに身をもって痛感したことだった。
 それに、参加者が集まっているのなら、もし彼女がこの世界に来ているのなら、会えるかもしれない。

「ともあれ、まあゆ、頼りにしてるよ。」
「まかせてっ。」

 マリナの期待に、まあゆは満面の笑顔で答えた。

 ??? /

 眩い光が収まると、私は見知らぬ地にいた。
 先ほどまでの近代的な意匠はどこにも見受けられない。

 ………――……――…。

 幸い武装は手元にある。まずはこの未知の世界を歩いてみよう。
 戦闘は苦手だから、戦いになるようなことが起こらないようにと祈りつつ。

...Diary No.01 End.

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